銭 清弘 SEN Kiyohiro
東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程。
分析美学/芸術の哲学。批評の哲学で博士論文を書いています。
銭 清弘|sen kiyohiro
銭 清弘
0 はじめに
- 本発表でやること
- モンロー・ビアズリーによる美的経験論を読む。
- モンロー・ビアズリー[Monroe Beardsley]:アメリカの美学者(1915-1985)。アメリカ美学会や哲学会の会長を歴任。分析美学初期のえらい人(周りから「美学の長老」と呼ばれていた)。
- 発表者は「分析美学第一世代をちゃんと読む会」と題した勉強会を一年ちょっと主催してきた。いっぱい読んだビアズリーをまとめておこうという目論見の発表になる。
- 美的経験論はビアズリーが長年取り組んできたトピック。いい意味でころころ立場を変えており、全体像をつかみにくい。
- 近年の美的価値にまつわる議論と照らしつつ読む。(cf. Van der Berg 2020; King 2022; 森 2020)
- 問題の所在については後述。
- 美的価値の議論に対し、ビアズリーの美的経験論がどんな示唆を与えるのか、確認することが目標。
モンロー・ビアズリー[Monroe Beardsley]
1 快楽主義とその論敵:問題の所在
1.1 美的価値に関するふたつの問い
- 美的価値に関する問いは、ふたつに区分される。(Lopes 2018: 41-43)
- 線引き問題[demarcation question](美的問い):美的価値はほかの価値とどう異なるのか。なにゆえ「美的」だと言えるのか。
- 規範問題[normative question]:美的価値にはどのような拘束力が/どれだけの強さで/なにを源泉として伴うのか。なにゆえ「価値」だと言えるのか。
- ふたつの問いは独立に答えられるという論者もいれば、切り離せないという論者もいる。
- 【前提】価値の理由付与性:「価値があること」は「行為の理由を与えること」から説明される。
- 【よくある説明】目的論:(1)目的:事態Sを実現する、(2)手段:Aを遂行すれば、Sを実現できる、(3)Aを遂行する。(cf. 高田2022)
- 道具的価値:Aに価値がある(Aする理由がある)のは、それが望ましい事態Sを実現させるための手段になるから。
- 内在的価値:事態Sがなにゆえ望ましいのかは、それ以上分析されない。
1.2 理想的批評家に訴える美的快楽主義
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💎 **【美的快楽主義】**Xは肯定的な美的価値を持つ ⇔ Xは、適切な条件下の適切な主体に対して、肯定的な美的経験(快楽、満足、楽しみ)を与える能力を持つ。
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🔍 **【理想的批評家説】**適切な条件下の適切な主体である(理想的鑑賞者・理想的批評家・真なる判定者である) ⇔ しかじかの資質を持った主体である。(ヒューム、レヴィンソンほか)
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例)ヒュームの考える資質:繊細さ、熟練、比較、偏見からの自由、良識。
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LSD、逆張り、偏見といったまぐれのケースを排除し、客観性を担保するための補足となっている。
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美的価値に関するデフォルト理論となっている。(cf. Shelley 2019)
-
目的論的説明になっている:(1)目的:美的快楽を得る、(2)手段:Xへの関与(鑑賞など)は美的快楽を与える、(3)Xに関与する。
- 例)「あの映画を見に行く理由は、わたしが快楽を求めており、あの作品が快楽を与えてくれそうだからだ。つまり、あの映画には価値があるんだ!」
【図1】快楽主義における美的価値
1.3 快楽主義への懸念
- 【懸念1】狭すぎる:美的に価値があるとされる芸術作品は、快楽を与えるものばかりではない。
- 【懸念2】広すぎる:美的な快楽とその他の快楽の違いが明らかでない。
- 【懸念3】狭すぎる:美的関与の理由は、快楽を目的とし、事物をその手段としたものばかりではない。
- 例)ダンス教室の講師による課題曲選び、絵画の保存・修復、その他さまざまな美的エキスパートの活動。
- 【観察】美的快楽主義が正しいなら、主体の行為選択は、美的価値を持つものの促進・最大化へと向かっていくはずだが、促進・最大化以外にも、敬意を払うという仕方での美的な価値づけがありそう。(cf. 高田 2018; Scanlon 1998)
- 例)ナチスによる退廃芸術展(1937年):アクセスの機会を増やしているが、敬意を払っていない。美的価値を認めていないはず。
- 作品に美的価値を認めている人(非ナチス)は、快楽を得る機会が増えているにもかかわらず、反発を覚える。
- 例)修復のためにバックヤードへ:アクセスの機会を減らしているが、敬意を払っている。美的価値を認めているはず。
- 作品に美的価値を認めている人(鑑賞者)は、快楽を得る機会が減っているにもかかわらず、ほとんど反発を覚えない。
- このような敬意による価値づけは快楽では説明できない。
- 単に快楽の最大化を求める人は、退廃芸術展を歓迎し、バックヤード送りに文句を言うが、そういう人は作品を美的に価値づけているとは思われない?
1.4 反快楽主義いろいろ
【図2】対象説における美的価値
1.5 対象説にとっての説明課題
- 価値の基盤となる特別な性質Xを明らかにする。
- Xは、「快楽を与える能力がある」みたいな反応依存性質ではだめ。